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東京地方裁判所 平成9年(ワ)24138号 判決 1999年5月21日

原告

牟田廣明

被告

株式会社大田原重機

右代表者清算人

大田原ふじ江

右訴訟代理人弁護士

飯田数美

鈴木秀一

内野眞紀

右当事者間の賃金請求事件について、当裁判所は、平成一一年四月九日に終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

一  被告は、原告に対し、金五二万三〇三四円及び内金四九万七七七五円に対する平成九年四月二七日から、内金二万五二五九円に対する同年五月一一日から、いずれも支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、金二七万三六四二円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

五  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金八七二万三七五九円及びこれに対する平成九年四月二七日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  雇用契約の締結

原告と被告は、平成三年一月二二日、賃金は一日二万円(待機の場合も同額、一時間当たりの賃金は二五〇〇円)、勤務時間は午前八時から午後五時までとの約定で雇用契約を締結した。なお、賃金については、契約当初は毎月二三日締め当月末日払いであったが、退職時には毎月末日締め翌月一〇日払いとなっていた。

2  平成九年三月四月の未払賃金(六万四一二五円)

原告は、平成九年三月一日から四月二五日までの間四七日稼働した。その賃金は、三月分五三万三四七五円、四月分三七万九三五〇円である。

被告は、三月分のうち五万五一二五円、四月分のうち九〇〇〇円の支払をしない。

3  解雇予告手当(一二〇万円)

(一) 原告は、平成九年四月二六日被告を退職したが、後記のように被告が一方的に賃金を減額したためやむをえず退職したのであるから、被告には解雇予告手当を支払う義務がある。

(二) 右解雇予告手当の額は、二万円に三〇を乗じた六〇万円である。

(三) また、労働基準法一一四条により同額の付加金の支払を求める。

4  休業手当(三三万六〇〇〇円)

(一) 原告は、被告の責めに帰すべき事由により、平成七年五月一日、二日、八月一八日、平成八年五月一五日、二二日、二三日、六月三日、六日、二〇日、八月一六日、一九日、九月一三日、平成九年四月二二日及び二六日の合計一四日間休業を余儀なくされた。

(二) 原告の平均賃金は、二万円であるから、労働基準法二六条所定の一〇〇分の六〇の額は、一万二〇〇〇円である。したがって、休業手当の額は、一万二〇〇〇円に一四を乗じた一六万八〇〇〇円である。

(三) また、労働基準法一一四条により同額の付加金の支払を求める。

5  割増賃金(三〇八万六五六二円)

(一) 原告は、次のとおり時間外労働をした。このうち上段の数字(割増分)は、割増賃金が支払われなかった時間数であり、下段の数字(みなし労働時間)は、クレーン回送時間等であって本来みなし労働時間として労働時間とされるべきであるのに、賃金計算上考慮されなかった時間数である。

(割増分)  (みなし労働時間)

平成七年五月 二五・五 六・五

六月 二八・〇 二三・〇

七月 七・五 一六・七五

八月 二五・五 一四・五

九月 一六・〇 二四・五

一〇月 二五・〇 二一・〇

一一月 二八・〇 一九・〇

一二月 三九・五 三三・〇

平成八年一月 三・〇 二〇・〇

二月 五一・五 二四・七五

三月 五一・〇 一六・五

四月 四三・〇 二三・七五

五月 二五・五 二四・〇

六月 一二・〇 二六・五

七月 一八・〇 三六・二五

八月 九・〇 二〇・二五

九月 二六・〇 二五・五

一〇月 一五・五 三九・二五

一一月 二二・〇 二八・七五

一二月 三八・五 四〇・〇

平成九年一月 三八・〇 二七・七五

二月 三〇・〇 三七・五

三月 四三・五 三六・七五

四月 七・五 二七・五

(以上の合計) 六二九・五 六一三・二五

(二) 原告の一時間当たりの賃金は二五〇〇円である。

(三) 割増分の賃金は、二五〇〇円に労働時間数六二九・五及び労働基準法三七条一項所定の二割五分を乗じた三九万三四三七・五円である。

(四) また、労働基準法一一四条により同額の付加金の支払を求める。

(五) みなし労働時間分の賃金は、通常の賃金として、二五〇〇円に労働時間数六一三・二五を乗じた一五三万三一二五円、割増賃金として二五〇〇円に労働時間数六一三・二五及び労働基準法三七条一項所定の二割五分を乗じた三八万三二八一・二五円の合計一九一万六四〇六・二五円である。

(六) また、(五)のうち割増賃金については、労働基準法一一四条により同額の付加金の支払を求める。

6  有給休暇分(一六八万円)

(一) 原告は、平成七年七月二一日までの分一三日、平成八年七月二一日までの分一四日、平成九年四月二六日までの分一五日の合計四二日の年次有給休暇を取得していないから、その分の賃金を請求することができる。

その額は、平均賃金二万円に四二を乗じた八四万円である。

(二) また、労働基準法一一四条により同額の付加金の支払を求める。

7  賃金減額分(七万六七五〇円)

(一) 被告は、平成七年一〇月ころ、原告に対し、賃金を一〇パーセントカットする旨一方的に通告し、一時間当たりの賃金については通告なく二五〇〇円から二二五〇円に減額したが、これは無効である。

(二) 原告は、次のとおり時間外労働を行った。

平成七年一二月 二三・五

平成八年一月 三・〇

二月 三五・五

三月 三五・〇

四月 三五・〇

五月 一七・五

六月 一二・〇

七月 九・〇

八月 九・〇

九月 六・〇

一〇月 一一・五

一一月 一四・〇

一二月 三〇・〇

平成九年一月 三〇・〇

二月 二二・〇

三月 一一・〇

四月 三・〇

(以上の合計) 三〇七・〇

(三) 二五〇〇円と二二五〇円との差額二五〇円に三〇七を乗じた七万六七五〇円が未払である。

8  税金関係分(二二八万〇三二二円)

(一) 未納税の平成六年度分税金

(1) 被告は、原告から源泉徴収した平成六年度分の税金のうち三一万二〇一二円を納税していない。

(2) この三一万二〇一二円に平成三年から六年までの元利率五・二一〇三一〇五を乗じた一六二万五六七九円及び平成七年から平成八年までの元利率二・〇九八一三六九を乗じた六五万四六四三円の合計二二八万〇三二二円は、被告による不当利得となるから、原告はその返還を請求できるというべきである。

(3) このうち、後記(二)の(2)及び(3)の合計額である一八万七五一六円を控除した二〇九万二八〇六円を請求する。

(二) 減税

(1) 平成六年度は二〇パーセント、平成七年度及び平成八年度は各一五パーセント(ただし、五万円が上限)の減税が実施された。

(2) 原告の平成六年度の減税額は、同年度の源泉徴収額五〇万八八二八円に二〇パーセントを乗じた一〇万一七六四円であるところ、原告は、被告から一万四二四八円の支払を受けただけで、八万七五一六円が未払である。

(3) 原告の平成七年度及び平成八年度の源泉徴収額に一五パーセントを乗じた額は各五万円を下らないから、減税額は合計一〇万円であるところ、被告はこれを支払わない。

9  よって、原告は、被告に対し、以上の合計八七二万三七五九円及びこれに対する原告が退職した日の翌日である平成九年四月二七日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律六条一項、同法施行令一条所定の年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は否認する。平成九年三月一日から四月二五日までの間の原告の稼働日は四四日である。

3  請求原因3について

(一) 同(一)のうち、原告が平成九年四月二六日被告を退職した事実は認め、その余は否認ないし争う。原告が自ら退職したものである。

(二) 同(二)は争う。退職時の日給単価は一万八〇〇〇円である。

(三) 同(三)は争う。

4  請求原因4の事実について

(一) 同(一)の事実は否認する。

(二) 同(二)は争う。

(三) 同(三)は争う。

5  請求原因5は否認ないし争う。

6  請求原因6は否認ないし争う。

7  請求原因7について

(一) 同(一)のうち、被告が、平成七年一〇月ころ、原告の賃金(時間外手当を含む)を一〇パーセントカットすることにしたことは認め、その余は否認する。

(二) 同(二)のうち、平成八年一月以降の時間外労働時間は認め、その余は否認する。

(三) 同(三)は争う。

8  請求原因8について

(一) 同(一)の各事実は不知。主張は争う。

(二) 同(二)の各事実は不知。主張は争う。

三  抗弁

1  賃金体系についての合意等

(一) 平成二年ころ、被告とラフタークレーンのオペレーターが、賃金体系につき次のとおり合意し、原告とも平成三年一月の入社時に合意した。

(1) 日給月給とするが、作業が早く終了しても、一日分の日給を保障する。

(2) (1)の代わりに、回送時間は通勤時間と考える。

(3) 実作業の残業時間については、一時間当たり、日給単価の八分の一の残業手当を支給する。

(二) その後平成三年ころ、被告はオペレーターの要求を受け、現場が遠い場合には、日給単価の八分の一又は八分の二の回送手当を支給するようになった。

2  賃金減額の合意

(一) 被告と原告は、平成七年一〇月ころ、原告の賃金につき次のとおり合意した。

(1) 日給単価は一万八〇〇〇円

(2) 残業手当は実作業時間のみ一時間当たり二二五〇円

(二) 被告と原告を含むラフタークレーンのオペレーターは、平成八年一〇月ころ、待機日の日給を一万〇八〇〇円(日給単価の六割)とする旨の合意をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実について

(一) 同(一)のうち、(1)及び(3)の事実は認め、その余は否認する。

(二) 同(二)の事実は認める。

2  抗弁2の各事実は否認する。被告が一方的に通告したものである。

第三当裁判所の判断

一  請求原因1(雇用契約の締結)の事実は当事者間に争いがない。

なお、(書証略)によれば、賃金が毎月末締め翌月一〇日払いになったのは、平成八年一〇月分の賃金からであると認められる。また、原告本人尋問の結果によれば、午前八時から午後五時までの勤務時間中に一時間の休憩時間があり、したがって、所定労働時間は八時間であったと認められる。

二  請求原因2(平成九年三月四月分の未払賃金)について

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告が三月四月分の未払賃金として請求しているものは、請求原因5において割増賃金として請求しているもののうちの平成九年三月分及び四月分と同じものであると認められる。そこで、請求原因5に対する判断中で一括して検討することとする。

三  請求原因3(解雇予告手当)について

1  原告が平成九年四月二六日被告を退職した事実は当事者間に争いがない。

2  原告本人尋問の結果によれば、原告は被告に不満を持ち、自らの意思で退職したものであると認められる。

3  労働基準法二〇条は、突然の解雇による労働者の生活の困窮を緩和する趣旨の規定であるから、自主退職した場合に適用がないことは明らかである。

4  よって、その余の点につき判断するまでもなく、請求は理由がない。

四  請求原因4(休業手当)について

1(一)  平成八年六月三日、六日、二〇日、平成九年四月二二日及び二六日の五日間については、出勤日報(書証略)の該当箇所に「仕事無しのため休み」との記載があること(なお、書証略に、書証略と同様の記載があることから、原告が被告に出勤日報を提出した時点で既にこのような文言が記載されていたと認められる)、及び原告本人尋問の結果により、原告において労務提供の用意があったにもかかわらず、被告において業務を受注できなかったため(すなわち、被告の責に帰すべき事由により)、休業になったと認められる。

(二)  これに対し、平成七年五月一日、二日、八月一八日、平成八年五月一五日、二二日、二三日、八月一六日、九月一三日の八日間については、出勤日報(書証略)の該当箇所が空欄になっている。このことからは、原告が労務を提供しなかった事実は認められるものの、それが被告において業務を受注できなかったためなのか、それ以外の事由によるものなのかは明らかにならない。これらの日が休業であった原因についての原告の供述にもあいまいさがみられる。したがって、これらの日については、被告の責に帰すべき事由による休業であったことの証明はないといわざるを得ない。

(三)  また、平成八年八月一九日については、出勤日報(書証略)の該当箇所に「休保」との記載があるものの、原告がこのころから休業手当を請求できる権利があることを知っていたのであれば、被告との間にその支払に関する話し合い等があってしかるべきであるが、そのような事実は証拠上認められないこと、原告自身本人尋問において認めるように、(書証略)には、本訴提起後に原告が書き込んだ部分が多くあることからすると、被告に出勤日報を提出した当時、既にこの記載があったことについては疑問を抱かざるを得ない。したがって、平成八年八月一九日についても、被告の責に帰すべき事由による休業であったことの証明はないといわざるを得ない。

2  労働基準法二六条は、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合、平均賃金の一〇〇分の六〇以上の休業手当を支払うことを使用者に義務づけている。そして、平均賃金の算定方法については、同法一二条が定めているところ、原告の賃金は、月払いの日給制であるから、平均賃金は、同条一項本文により算定した額と同項ただし書一号により算定した額のいずれか高いほうということになり、休業手当の額はその平均賃金の一〇〇分の六〇ということになる(通常の一日分の賃金の一〇〇分の六〇ではない)。

3  前記1(一)記載の各日の休業手当の額を算定すると次のとおりである。

(一) 平成八年六月三日、六日、二〇日について

証拠(略。ただし、日給を一万八〇〇〇円とすることは後記七のとおりであり、また、時間外労働時間数及び割増賃金の額については後記五で判示するところにより算定し直す)によれば、原告の同年三月分の賃金は、通常勤務日二一日×一万八〇〇〇円+待機日五日×一万二六〇〇円+時間外労働三五時間×(二二五〇+五六二・五)円=五三万九四三八円(一円未満四捨五入。以下でも同じ)、同年四月分の賃金は、通常勤務日二六日×一万八〇〇〇円+時間外労働三五時間×(二二五〇+五六二・五)円=五六万六四三八円、同年五月分の賃金は、通常勤務日二一日×一万八〇〇〇円+時間外労働一七・五時間×(二二五〇+五六二・五)円=四二万七二一九円であり、三か月間の賃金の総額は一五三万三〇九五円となる。労働基準法一二条一項本文による額は、この総額をこの三か月間(同条二項により二月二四日から五月二三日まで)の総日数九〇で除した一万七〇三四円であり、同項ただし書一号による額は、総額をこの三か月間に労働した日数(待機日を含む)七三で除した金額の一〇〇分の六〇である一万二六〇一円であるから、高いほうの一万七〇三四円が平均賃金であることになる。したがって、平成八年六月三日、六日、二〇日の各日の休業手当の額は、それぞれ平均賃金一万七〇三四円の一〇〇分の六〇に当たる一万〇二二〇円である。

(二) 平成九年四月二二日、二六日について

証拠(略。ただし、日給、時間外労働時間数及び割増賃金の額については前記(一)と同じ)によれば、同年一月分の賃金は、通常勤務日二四日×一万八〇〇〇円+時間外労働三〇時間×(二二五〇+五六二・五)円=五一万六三七五円、同年二月分の賃金は、通常勤務日二四日×一万八〇〇〇円+時間外労働二二時間×(二二五〇+五六二・五)円=四九万三八七五円、同年三月分の賃金は、通常勤務日二六日×一万八〇〇〇円+時間外労働三五・五時間×(二二五〇+五六二・五)円=五六万七八四四円であり、三か月間の賃金の総額は一五七万八〇九四円となる。労働基準法一二条一項本文による額は、この総額をこの三か月間(一月一日から三月三一日まで)の総日数九〇で除した一万七五三四円であり、同項ただし書一号による額は、総額をこの三か月間に労働した日数七四で除した金額の一〇〇分の六〇である一万二七九五円であるから、高いほうの一万七五三四円が平均賃金であることになる。

したがって、平成九年四月二二日、二六日の各日の休業手当の額は、それぞれ平均賃金一万七五三四円の一〇〇分の六〇に当たる一万〇五二〇円である。

4  よって、原告の休業手当請求は、一万〇二二〇円×三日+十一万〇五二〇円×二日=五万一七〇〇円の支払を求める限度で理由がある。

5  また、事案にかんがみ、被告に対し、右と同一額の付加金の支払を命ずることとする。

五  請求原因5(割増賃金)及び抗弁1(賃金体系についての合意等)について

1  割増分について

(一) 原告本人尋問の結果によれば、原告が主張している各月の時間外労働時間数は、各月の一日から末日までの期間で算定したものであると認められる。しかし、前記一で認定した事実と(書証略)によれば、原告の賃金は、平成八年九月分以前は、前月二四日から当月二三日まで、同年一〇月分は、前月二四日から当月末日まで、同年一一月分以降は、当月一日から当月末日までをその支払期間としているから、時間外労働時間数も右の各期間毎に算定するべきである。そして、証拠(略)及び弁論の全趣旨(被告は、請求原因7(二)において原告が主張する時間外労働のうち、平成八年一月分以降については認めている)によれば、原告は、各賃金支払期間内に、次のとおり時間外労働を行った事実を認めることができる(単位は時間)。

平成七年五月 二九・五

六月 二〇・〇

七月 七・五

八月 二六・〇

九月 一六・〇

一〇月 一七・五

一一月 二八・〇(一六日まで二三・五。一七日以降四・五)

一二月 二三・五

平成八年一月 三・〇

二月 三五・五

三月 三五・〇

四月 三五・〇

五月 一七・五

六月 一二・〇

七月 九・〇

八月 九・〇

九月 一〇・〇

一〇月 一五・五(書証略を合算)

一一月 一四・〇

一二月 三〇・五

平成九年一月 三〇・〇

二月 二二・〇

三月 三五・五

四月 七・五

(二) 被告が、後記七の賃金減額の前後を問わず、一日八時間の法定労働時間(所定労働時間も同じ)を超える労働に対し、一時間当たり、法定労働時間八時間の労働に対する賃金の八分の一の割合による賃金(法定労働時間内の労働に対する一時間当たりの賃金と同額)しか支払ってこなかったものであることは、弁論の全趣旨により明らかである。このような定めは、たとえ合意があったとしても、強行法規である労働基準法三七条に違反するものであるから、無効であり、被告には、法定労働時間内の労働に対する賃金の二割五分以上の割増賃金を支払う義務がある。

したがって、平成八年一一月一六日までについては、時間外労働一時間につき、法定労働時間内の一時間当たりの賃金二五〇〇円に二割五分を乗じた六二五円が、同月一七日以降については、後記七のとおり、時間外労働一時間につき、法定労働時間内の一時間当たりの賃金二二五〇円に二割五分を乗じた五六二・五円が未払であることになる。

(三) 各月の未払額は、次のとおりである(一円未満四捨五入)。

平成七年五月 二九・五×六二五=一万八四三八円

六月 二〇・〇×六二五=一万二五〇〇円

七月 七・五×六二五=四六八八円

八月 二六・〇×六二五=一万六二五〇円

九月 一六・〇×六二五=一万円

一〇月 一七・五×六二五=一万〇九三八円

一一月 二三・五×六二五+四・五×五六二・五=一万七二一九円

一二月 二三・五×五六二・五=一万三二一九円

平成八年一月 三・〇×五六二・五=一六八八円

二月 三五・五×五六二・五=一万九九六九円

三月 三五・〇×五六二・五=一万九六八八円

四月 三五・〇×五六二・五=一万九六八八円

五月 一七・五×五六二・五=九八四四円

六月 一二・〇×五六二・五=六七五〇円

七月 九・〇×五六二・五=五〇六三円

八月 九・〇×五六二・五=五〇六三円

九月 一〇・〇×五六二・五=五六二五円

一〇月 一五・五×五六二・五=八七一九円

一一月 一四・〇×五六二・五=七八七五円

一二月 三〇・五×五六二・五=一万七一五六円

平成九年一月 三〇・〇×五六二・五=一万六八七五円

二月 二二・〇×五六二・五=一万二三七五円

三月 三五・五×五六二・五=一万九九六九円

四月 七・五×五六二・五=四二一九円

(以上の合計) 二八万三八一八円

(四) よって、原告の割増賃金請求は、二八万三八一八円の支払を求める限度で理由がある。

(五) また、事案にかんがみ、被告に対し、平成七年一〇月分以降の未払金二二万一九四二円につき同一額の付加金の支払を命ずることとする。同年九月分以前のものについては、違反のあったときから二年以内に請求したものでないことが記録上明らかであるから、請求は理由がない(労働基準法一一四条ただし書)。

2  みなし労働時間分について

(「みなし労働時間」という用語が適切かどうかの点はさておくこととする)

(一) 原告主張の労働時間に沿う書証は(書証略)の書き込み部分のみであるところ、これらは、原告が本人尋問において自認するように、本訴提起後に原告がその記憶に基づいて、およその時間を記載したものに過ぎないから、客観性、正確性に欠けることは否めない。したがって、この記載のみから、原告がその主張する時間労働したことを認定することは困難である。

(二) 原告本人の供述も、(書証略)の書き込み部分の記載の客観性、正確性を補うに足りるものではなく、他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) よって、抗弁1(賃金体系についての合意等)について判断するまでもなく、請求は理由がない。

六  請求原因6(有給休暇分)について

労働基準法三九条の定める年次有給休暇制度は、労働者に休暇を取得させることを目的とする制度であり、休暇が未消化で残った場合に賃金を請求する権利まで認めたものではない(当事者間に特段の合意があったとの主張立証もない)。

よって、その余の点につき判断するまでもなく、請求は理由がない。

七  請求原因7(賃金減額分)及び抗弁2(賃金減額の合意)について

1  請求原因7(一)のうち、被告が、平成七年一〇月ころ、原告の賃金(時間外手当を含む)を一〇パーセントカットすることにした事実は当事者間に争いがない。証拠(略)によれば、減額が実施されたのは、同年一一月一七日以降分の賃金からであると認められる。

2  証拠(略)によれば、被告は、平成七年一〇月ころ、原告を含むラフタークレーンのオペレーターに対し、日給単価は一万八〇〇〇円、残業手当は実作業時間のみ一時間当たり二二五〇円とする旨通知し、オペレーターらが経理を担当していた訴外大田原晴良宅に押しかける事態となったが、同人とオペレーターの代表者らが話し合った結果、オペレーターらは賃金の減額に応ずることにしたこと、原告はこの話し合いに直接は参加していないものの、通知に対して異議を述べず、減額実施後退職時まで、減額後の賃金を異議なく受領していたものであることが認められる。

右事実によれば、原告・被告間には、時間外手当を含む賃金の減額につき合意が成立していたと認めるのが相当である。

よって、その余の点につき判断するまでもなく、減額分に関する請求は理由がない(時間外手当に関する合意が無効であることは、前記五1のとおりであるが、その結果被告が支払うべき金額も同所において判断済みである)。

八  請求原因8(税金関係分)について

1  同(一)(未納税の平成六年度分税金)について

給与支払者(使用者)は、給与支払時に所得税を源泉徴収して納税する義務を負い(所得税法六条、国税通則法一五条)、受給者(労働者)は源泉徴収を受忍する義務を負う関係にある。そして、給与支払者が源泉徴収した所得税を納税しない場合にも、徴税の追及を受けるのは徴収義務者たる給与支払者であって(所得税法二二一条)、受給者ではないし、受給者が確定申告をする場合であっても、源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額は控除されるから(所得税法一二〇条一項五号)、この場合にも、受給者が直接徴税されることはない。

源泉徴収に関する公法上の法律関係は以上のとおりであるから、私法上も、使用者には所得税を源泉徴収(控除)することにつき法律上の原因があるというべきであるし、使用者が納税しないからといって、使用者が利得を得、労働者が損失を被る関係にはないというべきである。

よって、その余の点につき判断するまでもなく、請求は理由がない。

2  同(二)(減税)について

(一)(1) 平成六年、所得税の特別減税が実施された(平成六年分所得税の特別減税のための臨時措置法)。その減税額は当該納税義務者の同年分の所得税額の二〇パーセント(ただし上限は二〇〇万円)であり(同法四条)、給与所得者については、同年一月から六月までの間に源泉徴収された所得税の二〇パーセント相当額(ただし上限は一〇〇万円)を原則として同年六月に主たる給与の支払者から還付するとともに、同年分の年間給与等に係る年税額の二〇パーセント相当額を年末調整の際にその年税額から控除(既還付分は調整)する方法により行うこととされた(同法九条、一〇条)。

(2) 平成七年及び平成八年にも所得税の特別減税が実施された(平成七年分所得税の特別減税のための臨時措置法、平成八年分所得税の特別減税のための臨時措置法)。その内容は、減税額が各年分の所得税の一五パーセント(ただし上限は五万円)、六月の還付額が各年の一月から六月までの間に源泉徴収された所得税の一五パーセント相当額(ただし上限は二万五〇〇〇円)、年末調整分も一五パーセントであるほかは、平成六年に実施されたものと同じである(各臨時措置法四条、八条、九条)。

(二) そうすると、私法上も、右各減税額に相当する所得税については、これを源泉徴収(控除)することにつき法律上の原因がなくなったというべきであるから、使用者が所定の還付額の支払をせず、年末調整も行わずに所得税の源泉徴収(控除)を行った場合には、労働者は、右控除分の賃金が未払であるとして、使用者に対し、その履行を求めることができるというべきである。

原告の主張は、右の趣旨を含むものと理解することができる。

(三) 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、原告の平成六年分の所得税額の二〇パーセントは一〇万一七六四円であるところ、被告は、原告に対し、一万四二四八円を還付しただけで年末調整も行わなかったこと、原告の平成七年分及び平成八年分の所得税額の一五パーセントはそれぞれ五万円を下らないところ、被告は、原告に対し、還付も年末調整も行わなかったことが認められる。

(四) よって、原告の請求は、平成六年分として八万七五一六円、平成七年及び平成八年分として各五万円の合計一八万七五一六円の未払賃金の支払を求めるものとして理由がある。

九  結論

以上の次第であるから、原告の請求は、休業手当五万一七〇〇円、割増賃金二八万三八一八円、特別減税に伴う未払賃金一八万七五一六円の合計五二万三〇三四円及び内金四九万七七七五円に対する原告が退職した日の翌日である平成九年四月二七日から、内金二万五二五九円(平成九年四月分の休業手当二万一〇四〇円と同月分の割増賃金四二一九円の合計額。これらは退職日には支払期日が到来していない)に対する平成九年四月分の賃金の支払期日の翌日である同年五月一一日から、いずれも支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律六条一項、同法施行令一条所定の年一四・六パーセントの割合による遅延損害金、並びに、付加金二七万三六四二円(休業手当分五万一七〇〇円と割増賃金分二二万一九四二円の合計額)及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して(ただし、付加金については本判決が確定しない限り効力が生じないから、仮執行は認められない)、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯島健太郎)

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